今日も快晴の朝です。とても暖かな春の陽気で桜が青空にとても映えています。
明日、明後日は、全国建設関係行政書士協議会(建行協)の京都フォーラムです。今夜は、有志が集まって“御茶屋さん”で前夜祭をやろうという呼びかけに応えて私と息子殿は今夕から京都に入ります。
フォーラムは、リーガロイヤルホテル京都で明日の午後1時に開会し、国土交通省官房審議官の基調講演、“中小建設業の事業再生”をテーマに建設業者、行政、有識者、行政書士をパネラーとするディスカッション等があります。二日目は、建行協の中の研究グループがそれぞれの研究成果を発表し、事業再生を実践されている建設業経営者のお話を聴くことになっています。
フォーラムというのは、平成4年の建行協創立時から毎年この時期に、全国規模のイベントとして、全国各地で開催しているもので、10年ほど前から地元建設業者の皆さんにも参加していただいて、国交省本省から建設業課長や審議官をお招きして研究活動を行っているもので、毎年それなりの成果を上げてきていると思っています。
明日の午前中は、フォーラム前の空き時間を利用して、京都御所の一般開放にいってきます。
ところで昨日、以前この尽語に書いた行政書士の法制史観について同感だという東京の司法書士さんからお電話をいただきました。その中で、「大正8年の司法代書人法が司法省の提案で成立した。」というのは誤解で、司法代書人法は議員立法で成立したということを教えていただきました。
私も司法書士の法制史にはあまり詳しくはなく、司法書士会史などの文献での知識しかないのでよく解りませんし、当時の帝国議会で議員立法という制度があったのかどうかは定かではありませんが、「行政書士も司法書士もともに官がつくった制度ではなく、国民のニーズによって出来た点では同じ。」というご意見は傾聴に値するものがあると思います。
私などは単純に明治4年の太政官布告無号達「司法職務定制」が日本に近代裁判制度を取り入れるために制度として裁判所の仕組みを作り、その中で代言人(現在の弁護士)、証書人(現在の公証人)、代書人(現在の司法書士)という資格を創設したという理解で、その観点から行政書士の起源は「司法職務定制にはない」と考えてきたのですが、どうも司法職務定制で創設されたそれらの資格が直線的に今の資格に繋がっていると見るのは早計なのかもしれません。
私はきちんとした歴史観の上に未来の制度設計があると考えているので、もう少し勉強が必要なようです。